脳の健康管理の現状
健康寿命を奪う第3位と4位の要因は老衰と運動機能の低下であることを紹介しましたが、第1位と2位は認知症と脳血管障害という脳の疾患なのです。生涯の健康を保つためには、脳の健康を保つというのがとても大切なことがわかります。ここでは、脳の健康管理について考えたいと思います。年に一度の健康診断は世界の多くの国で推奨されており、日本では50%以上の方が受けています。ここでは血液、尿のラボ検査やレントゲンといった画像診断が行われ、様々な臓器の健康状態がチェックされます。しかし、脳の健康診断というのは普通の健康診断の項目には含まれていません。世界的に見ても脳の健康診断は何らかの神経性の症状がない限り行われません。理由の一つは、脳が非常に固く外界から守られているため、その状態を計測することが難しいことが挙げられます。細菌やウイルスはもとより、化学物質に至るまで、脳の外から内へ、あるいは内から外へと移動することが制限されています。そのため、例えば血液を検査しても脳の健康の指標となるものはとても限られています。人体で一番大切な臓器である脳が、健康診断の対象となっていないというのは不思議なことです。脳を検査する最大の武器の一つは脳MRIです。しかし、脳MRIを健康診断に使う障壁はそのコストです。世界的に見ても、現在脳MRIを健康診断に取り入れているところはほとんどありません。この点で日本は非常にユニークな存在です。日本には脳MRIを健康診断の一部として提供する脳ドックというシステムがあり、おそらく毎年数十万人という規模で脳MRIが行われています。このような国は日本の他はありません。
今までの脳ドックとMVision health
今まで脳ドックの主な役割は、脳腫瘍や脳動脈瘤といった危急に対処を要する可能性のある病気を早期に検出するところにあり、加齢性変化のモニタリングを通した生活習慣改善をの目的にはほとんど使われてませんでした。しかし、近年の画像解析技術の急速な発達により、脳の様々な加齢性変化を自動的に数値化することが可能になっています。MVision healthは、世界の医学研究では最高峰の一つであるジョンズホプキンス大学から画像解析技術を導入し、脳の様々な加齢性変化をMRI画像から数値をもって見える化することが可能となりました。
MVision healthによる脳の加齢性変化の観察
残念なことに、私たちの脳の機能は20代をピークに低下を始めます。下図は日本の内閣府がまとめた日本の高齢化の状況と暮らしの動向から参照した脳機能に関するデータです*。この機能低下に伴い、脳自体にも加齢による変化が始まります。20代を過ぎると一日あたり一万の脳神経細胞が減ると言われています。
*:https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_2_2.html
米国国立衛生研究所の報告によると、脳の加齢性変化で最も顕著に起こるものとして脳の萎縮と血流の低下を挙げています。そして、脳の健康を保つには、体の健康、血圧管理、健康的な食事、運動、精神的活動、社会的つながり、そしてストレスマネジメントの重要性を説明しています
*:https://www.nia.nih.gov/health/cognitive-health-and-older-adults加齢性変化をを評価するうえで必要になるのが未病段階での脳MRIのデータです。これがあれば私たちのライフスパンの中で、脳の萎縮といった健康状態がどのような過程を経るのかがわかります。実はこの健康な人の脳MRIデータというのは世界を見渡してもあまりありません。しかし、このデータベースがなければ、脳MRIを撮っても結果を解釈できません。例えば、血糖値を計り120mg/dlだったとします。もし、過去に蓄積した大量の血糖値のデータがなければ、その値がはたして良い結果なのか、悪い結果なのか判断がつきません。今まで脳ドックを受けても萎縮や血管の健康度を基にした脳の健康状態を数値で示せなかった理由がそこにあるのです。今回、私たちは3年の歳月を費やし、おそらく世界でも例を見ないような規模で20代から90代に至るまでの脳の健康状態の数値化に成功しました。その結果を下図に示しました。

ここでは、脳の萎縮度が、加齢と共に拡大していく過程が3万例近い結果を基に示されています。赤い線が各年齢における平均を示し、緑と青い線が平均からどれだけ離れているかを示しています。例えば一番上の青い線より脳室が大きい人は、同年齢の中で上から2.5%、つまり、100人に、2-3人しかいないぐらい程度の萎縮度、ということになります。このグラフから読み取れる大切なことがいくつかあります。まず、繰り返しになりますが、年齢を広くカバーするこのような大量のデータがあって始めて、各個人の脳の萎縮度が判定できること。現在当社のMVision healthを用いた解析は、他の脳ドックセンターや研究機関ですすんでおり、この日本発のビッグデータ解析はすぐに何十万という世界を圧倒する存在になるはずです。日本の脳ドックの歴史は20年以上と古く、既存のデータは100万を優に超え、場所によっては15年を超えるような時系列データを保有しているところもあります。この貴重なデータがハードディスクに眠っていたらもったいありません。(株)エムは、この日本に眠る大量のデータを基にした、脳MRIによる新しい脳健康の管理を提唱します。
脳の加齢性変化である萎縮について
脳内では、生命維持に必要な機能をつかさどる脳幹がもっとも原始的な脳の部位であり、大脳皮質が最も高度な機能を持つ部位にあたります。その大脳皮質内においては人のような高度に発達した動物は前頭葉がより発達しており、海馬を含む辺縁系と言われている部位はより原始的な役割を担っています。例えば、ネズミの海馬は人の海馬に比べ、脳に占める割合は10倍に達します。脳が年を重ねるにつれ萎縮するパターンはこの進化の過程の逆の道をたどると言われています。まずは前頭葉の萎縮が始まり、頭頂葉や側頭葉、そして後頭葉、辺縁系というより原始的な部分の萎縮に進みます。そして原始的な部分に影響が及ぶほどに、人として、生き物としての重要な機能の喪失、すなわち「日常生活全般に支障をきたすレベル」の障害が現れます。このような加齢性による変化を評価するためには、脳の一部を測るのではなく、脳全体をモニターできる指標が必要です。MVision healthは数ある脳の構造物の中で、脳全体の萎縮のパターンを反映する脳室と呼ばれる構造物の体積と血管の健康度を反映すると言われる領域の体積を測定し、この脳全体の加齢性変化の度合いを評価します。下に示した二つのMRI画像はどちらも40代の受診者の脳ですが、右のほうが、矢印で示した脳室と言われる暗い部分が拡大しているのがわかります。ここは脳内で液体をたたえている部位ですが、脳の実質が萎縮するにつれ拡大することがわかっています。

この脳室と言われる部分は、下図に示したように複雑な形をしており、前部、後部、側部に分けることができます。それらの部位はその周りの組織の萎縮により別々に拡大します。MVision healthは、これらの部位を別々に測定することにより脳のいろいろな部位の萎縮を評価することができます。

脳の加齢性変化である脳血管の健康について
脳の血管は非常に細く、その健康度を直接測定するのは容易ではありません。しかし、脳血管の健康状態を反映すると言われる変化がMRI画像で観察されることがあります。これが、下図のように脳白質と言われるところに現れる低信号領域です。

MVisionはこの低信号領域の体積も測定することができます。この体積と年齢の関係を見ると、40を超えるあたりから徐々に増え始める加齢性変化を認めることができます。

この血管性病変が中年期に増えている人は、必ずしも萎縮が進んでいる人とは限りません。萎縮タイプと血管性タイプは違った機序を持っているようです。そのため、この二つの測定を両方行うことが、脳健康管理のためには重要です。
脳の加齢性変化と認知機能について
このページの冒頭で、人の脳の機能は20代をピークに低下を始めるデータを示しました。そこで示した数的思考や読解力は人の認知機能の中では非常に高度な機能ですが、機能の低下が極度に進むと認知症へとつながります。認知症の中で一番研究が進んでいるアルツハイマー病では、認知機能低下に至るまでの過程の研究が進んでいます。そこでは、脳MRIで観察できる萎縮が認知機能低下に先駆けて起こることが示されています。脳の健康を管理し、加齢性変化をなるべく緩和することの重要性がここにも見て取れます。
